その恋は、嘘か、誠か。

アイドルにしあわせをもらって生きていく。

推しを、ゆるかに手放す。

私には15年応援し続けた大切な「推し」がいた。

「推し」というか、人生のすべてといっても過言ではなかったと思う。

その人のことをすべて知りたかったし、どんな瞬間だって見逃したくなかった。

その人の歌も、ダンスも、創り出す世界も、そしてその人が好きなもののすべても、好きでありたいと思って生きていた。

その人に触れていることが、私の人生の「幸せ」であり、最上の喜びだった。

 

でもその人生は、もう私の人生ではない。

この数年で、時間をかけて、ゆるやかに手放していったから。

 

きっかけは多分、推しであるその人の、人生の変化だと思う。

推し自身の人生の転機が起きても、その人がアイドルとして、何かが大きく変わるわけではないと思ったし、実際、その人自身は変わったりしなかった。

どう見ても、これまでどおりのその人だった。私が必死に追いかけた光輝くその人であり続けていた、と思う。

その人に対して、恋愛的な好き、とか、愛とか、そういう感情を持ち込んでいたつもりはないし、自分だけが独占したいという気持ちがあったわけでもない。

 

それでも、確実に、私の中でのその人を追いかけていたい、という熱量は死んだ。

アイドルであるその人に、明言できるような「嫌だ」と思うようなことがあったわけではない。

ただ、その人の人生が変わっただけ。それだけなのに。

今思えば予兆もあったように思うし、すこしずつ、すこしずつ、その人は変わっていた気がする。言動も、表情も、まとう雰囲気も、すべてが少しずつ、変わっていた気がする。

直感的にわかってもいた、遠くない未来にそんな日が来ることも。

でも、理解と受容はちがう。

そのことをまざまざと知った。

まさかこんなに世界が褪せて見えるとは思っていなかった。すべての感覚が鈍って自分がどこに立っているかもわからなくなった。

どんなその人だって、私にとってはずっと輝く星だと思ってた。

でも、そんなことはなかっただけ。

自分が未熟なんだと思ったし、受け入れられない自分を何度も何度も何度も何度も責めた。

「そんな気持ちで、その人を『好き』だなんて、『推し』だなんて思っていたのか」

そんな言葉が何回も頭を駆け巡った。ずっとずっと泣いた。その人が変わってしまったことそのものよりも、自分が許せなくて泣いた。

 

そのうちに気が付いた。

「好き」が私を苦しめていることに。

私は、私の人生を、推しに支配させたいわけじゃない。

 

受け入れようとして、その人を見つめ続けて、そのたびに傷ついていく自分。

こんなことをしても何にもならない。もうやめようと思った。

私は、その人に、「私の人生を傷つけられた」という思いは抱えたくない。

せめて、これまでの楽しくて、苦しくて、笑って、泣いて、美しかったあの時間を否定はしたくないし。

大好きだったその人を、大好きだった過去のまま、どこかに鍵をかけてしまいたい。

 

そう思った日から、少しずつその人と距離をとった。

自分の目に触れるところから、その人の写真も、動画も消えた。

自分の耳に入るところから、その人の歌声は消えた。

私の知覚できる範囲から、その人は徐々に消えていった。

その人が好きだといったものも、すべて受け入れようとしていた自分も、徐々に消えていった。

 

そうやってできた日々の隙間に、新しい世界はどんどん入り込んだ。

今まで知らなったアイドル。

読んだこともなったジャンルの本。

聞いたこともなかったアーティストの曲。

 

私は、私の知らなかった私の「好き」がこんなに世の中にあふれていることを知った。

そして、本当の自分が好きだと思うものは、今まで摂取しようとしていた世界とは違うことも。私の好きな人の「好き」と私の「好き」は、すべて重なるわけじゃなかった。

でも、それでいいんだ、と初めて知った。

私はあまりにもその人に依存して、その人をすべてだと思って生きすぎていた。

 

自分の世界にべったりとしみ込んだその人をぬぐっていくのに、数年かかった。

そして今も、すべてはぬぐい切れていない。

音楽ストリーミングでシャッフルしたときに、「ああ、こういうジャンルの曲、よくラジオで流してたな」なんて、まだ思う。それでもいまは、「でも私はそんなに好きじゃないかも」ってスキップできる。

そんな風にして本当に少しずつ。

 

推しがいる世界って悪くない。

本当に楽しいし、こんな私でもいまは別の推しがいる。

でも、ここに記した「推し」とは違う距離の取り方をしている。

推しは、推し。私は私。

どんな瞬間だって追いかけて、考え方も好きなものもすべて同一化することが、応援することとイコールとは思わなくていい、ってわかってる。

そのことを教えてくれたその人は、ほんとうに大切な人。

でももう「推し」とは呼べない。

今も、私がその人を見つめるとき、なぜか急激に世界の色が褪せてしまう。

あの時の気持ちを、どこか心の奥底にしまってしまったから。そしてもう二度と取り戻すことはできないから。だと思う、

 

推しって中毒に似ている。

夢中になって、抜け出せなくなる。

私はまだ大好きだったその人から解脱する途中。どこまで解脱できるかもわからない。

ただ、別にそれが嫌だとか苦しいとかではない。

推しの人生の変化に、何かの変化についていけず、苦しくて泣いている人がいれば伝えたい。

あなたの人生を、あなたの好きな人に「傷つけさせる」ことはしなくてもいいんじゃないかと思う。あなたが望むのであれば否定はしないけれど。

苦しい思いをするくらいなら、1日に少しの時間でも、自分の心が動く違うものに目を向けてみてもいいと思う。

苦しくても好きでい続けたい、ということならそれもいい。

苦しいから手放したいと思う人に、少しでも参考になればいいなと思って、ようやく言語化してみた。

れまで誰かを好きだった人生も、今の人生も、どちらも悪くはないし、どちらも同じくらいちゃんと生きられてる。

推し活って難しいけれど、すべての人にとってなるべく笑っている時間が多いものになるといいなと思います。

 

大好きだったあなたへ

あなたへの最後のファンレターです。

いままでありがとう。今日も明日もずっと、喜びの多い日を生きていてね。

はじめての、オンラインお話会。

推しと2人きりでお話ができる。

そんな夢みたいな時間があるなんて、思ってもいなかった。

 

参加してきました。

=LOVE 19thシングル オンライン個別お話会

 

私が長年生息している界隈のジャンルでは想像もできない、「推しと2人きりの時間」

興味はあったものの、初対面(推しは「初対面」になるのか?)の人と話すことがものすごく苦手な私にとってかなりハードルが高いなとずっと二の足を踏んでいましたが、「彼女たちのきらめきの時間を一瞬も無駄にするな」をコンセプトにイコラブの推し活をしているので、意を決して参加を決めました。

 

とはいえやっぱりひよりまくった私。

枚数を重ねすぎても何もしゃべれないかもしれないというプレッシャーもあるし、とはいえ1枚では頭が真っ白になったまま終わるだろう、と推察し、2枚での参加を決めました。

イコラブちゃんの私の推しは瀧脇笙古ちゃんと佐々木舞香ちゃん。どちらもだいすきなんですが、初めてのお話会はしょこちゃんで参加することにしました。

 

とはいえ、何を話せばいいのだろう。

そもそも何を準備して臨んだらいいんだろう。

ネットやtwitter(まだXとは呼べない)を漁っても、あまり情報が出てこないオンライン個別お話会。

 

取り急ぎ公式Youtubeのオンラインお話会の流れを見て、どんな感じになるのか勉強してみることに。

youtu.be

 

結論から言いますと、これは初参加の前は見ておいたほうがいい動画だった、と思いました。本当に参考になった!!ありがとう!!!

(というかこの3人がかわいいから、オンライン参加しなくても見てほしい)

 

流れについてはこれで勉強できた。

でもどうしよう、他になにか準備するものは?

そういえば、個別お話会とかでも「名札あるほうがいい」ってみたことはあるかも…

 

え、いや、、でも、、名札………???名札付けて、オンライン…???

なんかしっくりこない。名札付けてる自分がオンラインで推しと対面するのも想像できない。

 

結局名札の準備は保留し、結局当日を迎えてしまいました。

とはいえ、ほんとに何もなしで臨んだら頭がスパークしちゃってどうにもならないかも…と思っていたとき。

 

…そういえばYoutubeいーちゃん、スケッチブックもってなかった!?!?

こ!れ!だ!!!!

 

というわけで、開始3時間前にスケッチブックを買いに行きました。

とりあえず伝えたいことをコンパクトに、と思って「名前+オンラインはじめてです!+しょこちゃんだいすきだよ!」を書いて準備完了。

 

そしてオンラインお話会………

 

ほんっとにしょこちゃんかわいくて!!!!!!

話したかったこと!ぜーーんぶ!とんだ!!!!!

 

しょこちゃんが名前を呼んでくれた瞬間にあまりの可愛さですべてが飛んで消えてしまいました。

かわいい~~~~~!!!!しかいえず泣きそうな私に、「はじめてなの~?ありがとう~!」「だいすきーってうれしい、ありがとう!」ってスケッチブックから私の伝えたいことを探して全部拾ってくれる…優しい…女神……

最後も「またきてね」と伝えてくれて終了しました、あっという間だったような、もっと長かったような、ほんとにすごい時間でした。ほんとに推しと1対1なんだ…夢??

 

とにかく自分から何も発信できないくらい感情が昂ってしまったので、同じ状況になってしまうかもとご心配の方、ぜひ、スケッチブックに思いをしたためてご参加ください(Youtubeでスケッチブック持ってるすがた見せてくれたのほんと感謝しかない)

 

うわーあれも伝えたかったのに、こんな話もしたかったのに、はいっぱいあるので、次回こそは(スケッチブックもうまく使いながら)絶対気持ちを伝えるんだから…

でもほんとに幸せな時間でした、しょこちゃんほんとにありがとう~!

ぜひ気になってる方、オンラインお話会ぜひ参加してみてください、ほんとにイコラブちゃんかわいい&やさしいです…!

「絶対アイドル辞めないで」に救われて、「絶対アイドル辞めないで」に泣かされる。

=LOVE ARENA TOUR 2025「Timeless Tales」

最高でしたね!!!!! 

 

人生って何が起きるかわからないよねっていう話なんですが(唐突)、私は1年ほど前に、「絶対アイドル辞めないで」という曲で=LOVE(以下「イコラブ」または「イコラブちゃん」)と出会いました。

その頃の私は、人生で十数年推し続けた、唯一無二と言っていい推し(生息してた界隈ではどちらかというと「担当」)が結婚し、どうにも言語化することができない感情をどうしたのかわからず虚ろな日々を送っていました。

そんなときであったのが、イコラブの「絶対アイドル辞めないで」という曲でした。

youtu.be

当時twitter(私はいまだXと呼べない)にヲタクで知らないものはいない、と思えるくらい少なくとも私のTL(今これなんていうのが正解?)では大バズりしてました。

「オタクの感情の言語化がすごい!」

「私の気持ちが全部歌詞になってる!」

「言えなかったオタクの気持ちをアイドルが歌ってくれてる!」

なんていう感想ともに大量のツイート(これも古い)に毎日のように流れてました。

虚無×虚無のような日々を過ごしていた私は、とりあえず面白そうだし見てみようか、という軽い気持ちでこのMVを再生しました。

 

涙が止まらなかった。

ほんとに、私の気持ちがすべて言語化されたと思いました。

長年愛してきたアイドルの結婚という現実を突きつけれられ、幸せでいてほしいと思いながらどこかで真っ黒な気持ちを抱え、やり場のない気持ちで虚無of虚無の世界にいた私は、こんな感情を抱えるのは1人ではなかったんだと思いました。

私は、自分の担当に「アイドル」でいてほしかったし、ずっと淡い夢を見せてほしかった。

「星の幸せを願った、だけど、でもね。だって君はアイドルよ」

この歌詞のとおり、あと少しでも長くアイドルとして生きてほしかった。

(一応ですが、別にこの方はアイドルをやめてはいません)

 

涙を流しながら、何度も何度も再生し、ようやくMVを再生する画面を見た私の前に、目が眩むほどまぶしい星がありました。

この子、、なんて顔が綺麗なの、、、

アンドロイドかと見紛うばかりに美しく整った顔と、とてつもない美声と透き通る歌声。

この子。すごい。かわいい。

こんなにかわいい子が生きてるの??同じ世界に??日本に??

同じ時代に?????????

その出会いはもう、この曲の歌詞で言うところの「そんな時やっと見えた光」でした。

 

それから約半年後、私はさいたまスーパーアリーナでペンライトを振っていました(割愛と飛躍がすごい)

毎秒押し寄せる「かわいさ」に私はただただ圧倒されてひたすら泣いていたのを覚えています。

私のとってこのイコラブのライブは、人生初の女性アイドルのライブでした。

圧倒的なファンの熱量と、それに応えるイコラブちゃんたちの一挙手一投足が、あまりにも尊くて、その衝撃にくらくらしました。

「一秒たりとも、彼女たちのきらめきを逃したくない」と思いましたし、私が決定的にイコラブから離れたくないと思ったのはこのライブを見たからです。

そして、このライブでもちろん「絶対アイドル辞めないで」は披露されました。

もはや私にとって、これまで好きだったアイドルへの鎮魂歌に似たものではなく、イコラブへ向けた賛歌になっていました。

この日は目の前で「絶対アイドル辞めないで」を思うイコラブちゃんを見つめてまた泣きました。

 

人生って本当に何が起きるかわかりません。

最愛のアイドルへの愛情を見失ったら、その先には、別の世界が広がることだってある。

とんでもないバタフライエフェクトが待ってることだってある。

何かを失ってしまうのは怖いけれど、新しく得られる楽しさも喜びもきっとある。

まあ、それはそれでまた、新しく得たしあわせを失う日が怖くもなるけれど。

 

どうかイコラブちゃん、一秒でも長く「絶対アイドル辞めないで」ね。

 

P.S.

この記事でイコラブちゃんが気になったあなたへ!

絶対アイドル辞めないでもいいけど、今なら「とくべチュ、して」もおすすめです!

 

華麗なるSixTONES髙地優吾沼落ちの軌跡

「これが、沼落ちです」

と教科書に載せたいほどに鮮やかなドボン劇だった。これはたった3ヶ月前に私の身に起こった大事故の記録です。今後同じような事故が起きたときの対処マニュアルとしてご活用ください。

というか、自分が誰かの沼落ちした記録読むのがとても好きなので、同じような癖を抱える誰かに刺さればいいかと思って書いています。

 

時は2021年12月末日。年越しを12時間後に控えた私の元に突如届いたSixTONESライブBlu-ray on eST。「出来たらこのグループに落ちてきてほしい。でも落ちてこなくてもいい。とにかく見てほしい。」その言葉を残した友人は後の私の人生を一変させる第一歩となるアイテムを私に託したのである。

 

鑑賞した感想は省略するが、結論から言うと私はそのライブBlu-raySixTONESには落ちることはなかった。

彼らの顔と名前を一致させ、ある程度大まかな性格とグループ内の立ち位置を把握し、call meという一楽曲のオタクになった。(この件の詳細については割愛する)

SixTONESの楽曲=オシャレ、という認識はデビューからずっと持っていたし、あくまでもこのBlu-rayは彼らの「楽曲」への興味を強くしたに過ぎなかった。

 

…過ぎなかったはずなのである。

 

さて、楽曲ファンにはなった。さあ、でもCDを買うかどうかなぁ…と迷っていたところ、これまた友人から勧められていたYouTubeで何曲かMVを視聴できることを知った。

わーラッキー!!とりあえず気に入った曲これで買わずに聴けるじゃん!

 

…甘かった。実に甘かった。この選択が沼落ち直行便であることに気づいていなかったのである。世の中にタダより高いものなどない。

 

そこからYouTubeとライブBlu-rayのどちらかを再生してBGMにして過ごす日々が始まった。あくまで私は彼らの「楽曲」が好きだったし、世の多くのアーティストを楽しむのと同じ感覚で、耳心地のいい曲として聞き流しする「アーティストSixTONES」のファンになっていた。「ごめん、まだ推しはいないわー、いつか決まるかなー?」と呑気なことを友人に曰っていた。なんて呑気なことか。沼行き街道を爆進してることも知らず。

 

さて、そんな日々を過ごして数日。

いつもなら作業用BGMにするところを、その日はたまたまなんの気無しに映像を見ていた。

流していたのはNEW ERA。シングル曲の中でもかなり気に入ってる曲でその時期相当の再生数だったと思う。MVの雰囲気も気に入っていた。

まあ、要するにこの日、人生で初めてNEW ERAのMVを「注視」したわけである。そっか、ちゃんとみたらこんなMVだったのね〜

 

………!!!!!!??!!

(突如訪れた頭を鈍器で殴られたような衝撃)

(その後ドボンという水音)

 

…えっ、ここどこ???なに??えっ、私どこかに落ちた????落ちた音したよね、ていうかさっきのとんでもないイケメン誰??????あんな人SixTONESにいた???????あれ誰!!!?!?!

 

大混乱である。

絵に描いたような大混乱ぶりである。

 

いや、そんなことよりさっきのイケメン誰!!!??!!?!!?!!!!?

 

ライブBlu-rayで脳にインストールされたはずの顔認証に全く引っ掛からなかった。誰なんだあれは。あの黒髪長髪の男は誰なんだ!!!!!!!!

 

 

これ以上引っ張ってもどうにもならないので、結論をお伝えする。

私が落ちたのは髙地優吾の沼だった。

 

信じられない衝撃だった。

風になびく長い黒髪からは匂い立つほど濃い色気が振りまかれ、完璧なラインを作り出す横顔から向けられる目線はこちらを射抜いてしまうほど男前の雰囲気を溢れかえらせている。目が離せなくなるほどにかっこよかった。まばたきすら惜しいとはこの事だと思った。他の誰よりも彼が飛び抜けてかっこよく見えた。

ねえ、Blu-rayで認識したはずの、ゆるりとパーマした黒髪をふわふわさせながら周りに花が咲くような晴れやかな笑顔を振りまいているかわいい最年長と本当に同じ人?どういうこと?何が起きてんのこれ?

 

とりあえずこのイケメンが髙地優吾氏であることが事実なのか混乱を解くため、即座にGoogle先生に彼の名前を問い合わせた。

すると出てきたのは短く刈り込んだ髪を前髪だけ伸ばし、鮮やかな金髪に染めた髙地優吾氏の画像であった。

 

…いや、だからどういうこと!?!!?!!

混乱に混乱を重ねてくるな!!

 

とりあえず冷静になるまで待ち、状況を整理した。

まず自分が落ちたのは間違いなくSixTONESメンバーの髙地優吾さんであること。(余談だが確認のためNEW ERA期のアー写を見つけた時再度ぶっとんだ。)

どうやら彼の髪型は変遷が激しいこと。

そして現在は金と黒のツートンカラーであること。

 

……ん?

ということは私が恋した黒髪長髪の彼って、今この世にいないの?(思考の大飛躍)

 

ここから迷走が始まる。

私が落ちた沼はあくまでも黒髪長髪の髙地優吾なのだとの盲信が心を支配し始めたのだ。ツートンではない。断固として黒髪なのだ。あのとてつもない色気を振りまく彼を欲しているんだ私は!!!!

 

混乱した思考をなんとかするため、例の友人に相談を持ちかけた。

私「どうやら私は黒髪長髪の髙地優吾さんに落ちたらしい。今の髪型はどこかしっくりきていないのだが、これは本当に落ちているんだろうか?」

友人「じゃあとりあえず黒髪こーちもっと見て見たら?YouTubeに過去の動画がいくらでもあるから、黒髪のこーち見たい放題だよ〜」

…なんだと!!!!天才か!!!!!

 

その後の私の余暇時間はすべてYouTubeSixTONESチャンネルおよびジャニーズJr.チャンネルに溶けた。

今となっては友人の言葉は救いではなく、沼から這い上がりかけた私を再度沼に突き落とすための罪深い一撃だと言わざるを得ない。

 

膨大な時間を溶かした結果気づいてしまったのである。

髙地優吾とは、

「ごめんね」と「ありがとう」をいつもきちんと素直に口に出せる人であること。

どんな無茶ぶりだって即答の「いいよ」で雰囲気を1ミリだって壊さない人であること。

そこにいるだけで空気をふわりと優しく穏やかに変えてしまう人であること。

メンバーの飾らない笑顔を自然に引き出してしまう人であること。

「名は体を表す」とはこのことを指すのかと思うほど、彼はどこまでも心が広く深く、限りなく優しい人だった。

ここには書ききれないほど知れば知るほど次から次へと素敵なところが出てくる人だった。一体どれほどの魅力を抱えて生きてるんだこの人は。

その頃には彼の見た目が黒髪でないことなんて(8割くらいは)どうでも良くなっていたし、当時激務を極めていた私の精神的支柱にすらなりつつあった。

ああ、私、髙地さん(多分どんな姿でも)すごく好きかもな。

 

この境地に至った頃、6thシングル「共鳴」のプロモーション期が始まった。本当に驚くくらいタイミングがいい。(うまくいく恋愛ってほんと何もかもタイミングがいいなって常々思うんですよ)

ドボンから約2週間後、私は沼の中から初めて生の音楽番組に出る彼を覗き見た。

 

実は少しだけ、本当はどうでも良くないんじゃないか、と思っていたツートンカラーの髪をした彼が画面の中で歌い踊るのを見た瞬間、心臓がひっくり返るのではないかと思うほど鼓動が速くなり、息をするのも忘れるほど釘付けになった。

 

…ああ、私は確かに彼のことを心から好きなんだな。

 

後日、28歳のお誕生日を記念してファンクラブに入会し、私は正式に髙地優吾さんの沼に棲息することを決意した。

 

それから約2ヶ月。

ああ、ここが沼底だな…を日々更新し続ける髙地沼に深く深く沈み込んでいる。

華麗なるドボン劇は、今も脳裏に焼き付くほど鮮明な記憶として残っているし、これぞアイドルを好きになる瞬間だなと心から思うほどだ。こんな明確にこの日からこの時から好き!と言える推しが出来るのは初めてで、それがとても嬉しい。

髙地さん、私はあなたのお陰でなんとも幸福な毎日を過ごしています。

出会わせてくれてありがとう。今日もアイドルでいてくれてありがとう。

これからもまだまだあなたの魅力をたくさん教えてください。

 

 

でもねー、最近他の5人も愛しくて愛しくて仕方がないの。…さあ、どうしようね?

NEWS LIVE TOUR 2020 STORYに寄せて。(「命」と「エンターテイメント」)

NEWS LIVE TOUR STORY2020の幕が、つい数分前に閉じました。

このライブは、きっと私の人生に一番強く刻まれる。そう思ったからこそ、思いが少しでも薄くなってしまわないうちに、この文章を書き始めました。

 

私は、STORYのライブのチケットを持ちながら、1度も会場に足を運ぶことはありませんでした。

この状況と、私の仕事がそれを許すものではなかったからです。

私の職場は、この1年間半近くの間に報道で何度も「最前線」と取り上げられた、とある場所です。そして私の生きる場所は、今現在も緊急事態宣言下にあります。

ライブに行くことはおろか、実家へ帰省することも、職場以外の誰かと会うことも許されていません。申し込んでしまったこと、空席を作ってしまったことへの罪悪感はいまもずっと抱えています。

ただ、正直に言うと、この状況下で有観客ライブを続けていくこと自体にものすごく懐疑的な気持ちを抱いていました。日々陽性者が増えていき、医療現場の実情を肌身で感じ、どんなに必死になっても改善していかない状況であがき続けていた私には、有観客ライブなんてとても受け入れられるものではありませんでした。

それでも、NEWSは止まらなった。毎日辛くて悲しくて、楽しさを求めてファンになったのに、こんな思いをするくらいならいっそ離れてしまおうかと、何度も何度も思いました。

配信ライブのチケットも、ずっと買うことができませんでした。

 

配信2日前、偶然が私とNEWSを結びつけることになりました。

その時までNEWSの映像も声もすべてを避けていた私の目に、本当に運命のようにWORLDISTAのさくらガールの映像が降ってきました。

「会いたかった」

NEWSを見てふとこぼれた言葉が、耳に入ったときに涙が止まらなくなりました。

ああ、私、会いたかったんだ、こんな状況でも、大好きで大好きでたまらなくて、会いたかったのに、それに気付きもしないくらい、抑え込んでいたんだ、と初めて自覚しました。

 

結果、私は配信ライブを見ることを決めました。

ライブ1曲1曲の感想や、3人のNEWSでの決意は、今私がここに書き残したいことではないので割愛します。(気が向いたらまたいつか)

 

まず初めに冷たいことを言うようですが、配信が終わった今をもってもなお、この状況下の有観客ライブを完全に肯定はできていません。

ただ、たくさんファンに囲まれた彼らの表情は、その環境でなければ絶対に見られないものでした。あんなに嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに歌い踊る彼らはきっと、無観客の配信で見れるものではなかったと思います。そして、その表情は、私がなにより好きなNEWSの顔でした。

 

そして、ライブが進んでいくにつれて、こんな気持ちを抱きました。

エンターテイメントは生きるために不可欠なものではない。エンターテイメントがない世界でも、生きていくことはできる。エンターテイメントが枯渇しても、人の命は止まったりしない。

でも、この世の中を生きていく「理由」にはなる。彼らが届けてくれるような、たくさんのエンターテイメントがあるから、人に生きる意味ができる。そして、この仕事で生きていく彼らもきっと、届けることで生きる意味をみつけられる。

 

私のいるような場所は、命を守るためにあります。生命の維持が保証されるために、日々戦っています。きっと今一番の最前線である医療現場も同じだと思います。

でも、生命が維持された先には、幸せに生きる理由があっていい、あるべきなのだと思います。そしてそれを与えてくれるのがエンターテイメントなのだとも。

私にとっては、それがNEWSであるということを強く感じました。

 

NEWSを愛するすべての人が本当に心から幸せになれたライブにだったのかどうかはわかりません。特に、ライブに「行かない」選択をした人たちの悲痛なほどの想いは、手に取るようにわかります。

それでも彼らが止まらなかったのは、この世の中にエンターテイメントがあることを、NEWSがあることを、伝えるためだったのかと思います。

3人になっても、この状況の中でも、NEWSがNEWSでいてくれて、走り続けてくれることが、誰かの生きる理由に、希望になって、そして彼ら自身にとってもNEWSである理由になるから。

 

次のライブがいつになるかはわかりません。

でも、その時には多くの人が心からの笑顔で参加し、声を出してNEWSを応援できるようなる世の中を作るためにも、明日からの仕事に立ち向かっていこうと思います。

命も、その先にある生きる意味を支えるためにも。

 

NEWSの皆さんへ。

私の生きる理由でいてくれてありがとう。NEWSがいるから幸せです。

これからもずっと大好きです。